2008年07月15日

教育ハ国家百年ノ大計ナリ。

こんにちは。
こんばんは。
体がベトベトします。
ついに今年初、事務所のクーラーの電源を入れてしまいました。
設定温度は28℃です。
それでも生き返ります。

教育界が揺れています。
「教育は国家百年の大計」と言われ続けてきた今、私達は何処へ辿り着いたのでしょう。
今回の騒動は、おそらく皆さんが考えている以上に深刻な問題だと個人的に捉えています。

こう見えて、僕は小・中(美術)・高(美術)の教員免許を持っています。
大学は教育系を卒業しまして、教育実習も経験しました。
教育実習先の校長先生が仰られた言葉で印象的なものがあります。
「先生に向いていると思う人間ほど、先生になってくれない」というものです。

大学の先輩、同級生、後輩においても「こんな人が先生になって欲しいなぁ」と思う人間ほど、
「先生なんてやってられない」と別の道を目指し、
逆に、相手の気持ちもわからない、人間的な魅力のない人ほど教員採用試験に受かり、
ガッカリしていた思い出があります。

結局、人間的にバイタリティのある者にとっては、
今の教育界は窮屈でツマラナイというのが正直なところだと思います。
実際に僕も臨時採用の教員として、一年間だけですが小学校で担任として働きましたが、
狭い世界、窮屈な人間関係、変な慣習、偏ったモノの捉え方に、息苦しくなった経験があります。
中には本当に魅力的な先生もいるのですが、
そんな先生が力を十分に発揮できるだけの環境は整いにくいのが現状のように感じました。
大学時代の先生になった知人からも同様の声が聞こえてきます。

今回の一連の騒動に対しては国を挙げて信頼回復に努めて欲しいと願います。
本来、教育とは人間が心より受けたいと願う本能に直結したものだと思います。
そこには、人類の叡智が詰まっており、それぞれの向上心を触発します。
しかし、いつの間にか学ぶ喜びを忘れさせ、本来の目的と違った方向に進んでいるように感じます。
本当はもっと単純で身近なものであったと思います。

子どもは未来であって、
未来は教育によって築かれる。

大人の都合で子どもを振り回すことだけは絶対にならないのです。

R0017433.JPG
涼しげな写真をどうぞ。(言い訳)
posted by hara takuya at 19:17| ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 原拓也の考える美 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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